2010年09月01日
猛暑で始まった「2学期」。
それは、連日続く「猛暑」のせいです!もう暑いのなんのって、母なんか「ここはインド?」と変な疑問を抱くほど暑いです。
最近では我が家の愛犬「りゅう君」も夜になってからじゃないと散歩に行けません。午前中はアスファルトがとんでもなく熱いです。
そんなとんでもない暑さの中、僕は学校へと行きました。
いざ外に出ると、朝の空気が気持ちがよく、一瞬ではありましたが暑さを忘れました。でも、それも一瞬に過ぎずすぐに暑さは僕を襲います。
今日の気温は最高34度、朝方は32度くらいだったけど、それでもやっぱり暑い。
僕は暑さ対策の道具に、扇子・手拭い・水筒を常に持ち歩いています。多分誰でも持っているかもしれないけど、持っているのといないとでは全く状況が違いますからね;^^
大体9:10分くらいに学校に着いて、特別教室に入りました。教室内はクーラーが利いていてかなり涼しかったですが、足元を見るとデッカイ蜘蛛が!!( ;゚д゚)
実は僕は「大」の虫嫌いで、特に「見た目が気持ち悪い」虫はアウトです。
家紋になっている虫は全然平気なんですけどね。
とにかく、そのデッカイ蜘蛛(推定体長10cm以上)を除去して、ひとまず落ち着きました。とにかく怖かったです。
バッグの中から水筒を出して飲んだ後、簡単な掃除をして、先生が見えるまで勉強を始めました。(やったのは地理・日本史・公民)
10時ちょっと過ぎになって先生が来ました。相変わらず立派なあご髭がご健在でした。
通信簿と宿題を渡して、簡単な話をちょっとして、明日の日程などを話して先生は職員室に戻りました。ちなみに明日は模擬テストです。
戸締りを確認して、11時に学校出て下校しました。
以上が今日の日程でした。暑かったけど、やっぱり学校はどこか落ち着きます。家にいるより全然楽しい。
今日から新たに「2学期」という、僕にとっては試練が続く日々がやってきます。
でも、なんとかそれらを乗り切って、楽しい学校生活を1日でも送りたいです。
とにかく、今の最大の敵は「猛暑」!早く涼しくなってほしいです。
<今日のオマケ>

あまりの暑さにグッタリ?な「りゅう君」。可愛い^^
2010年08月30日
あと「1日」で夏休みが終わる。
1ヶ月以上もの長い休みは、最初は「長いな~」と思っていても、実際は時間の流れは早く、あっという間に終ってしまいました。
僕の場合はほとんど有意義に過ごせたので悔いはありませんが、僕にとって問題は「2学期の行事」です。
この場でも今まで散々言ってきたけど、僕は教室ではなく特別教室の「心の教室」という所に通っていまして、学校の行事にはあまり参加していません。
その中で「2学期」は特にいろんな行事が集中しています。
まず体育祭、その後には合唱コンクール、映画会などいろんな行事があります。
一番近いのは体育祭、9月はほとんどが体育祭に合わせた時間割になりまして、午後は全て体育祭の練習となります。
僕は大変失礼ながら、体育祭にも合唱コンにも出ません。
この時期になると、僕は自分を攻めてしまうことがある。「何でみんなと一緒に出ないんだろう」、「みんなが頑張っているのに、僕はいいのだろうか」、そういう考えが強くなって、自分をどんどん攻めてしまう。
去年はそうだった。自分に対して攻め続けて、体調が悪くなったのも多々あった。
でも、去年僕は体育祭当日の日に学校に行って、みんなを応援した。先生や職員の集まるテントの所に2時間半近くいて、頑張って競技に参加しているクラスメイトを応援してました。
しかし、体力の限界からか僕は3時間後くらいには退席、しばらく「心の教室」で休みましたが、そのまま僕は帰りました。
本当はもっと見たかった。自分が出てない分、みんなには頑張って欲しかったから、せめて応援をしたかった。
今年も僕は応援をするつもりです。たとえクラスメイトが僕のことを覚えていなくても、僕は応援したい。
それにしても、僕は時々「何で自分は教室に行かなくなったんだろう」と思うことが最近多くなってきた。
教室に行っていれば、どんな学校生活を送れたんだろう、楽しかったのだろうか、それともつまらないのだろうか、時々そんなことをふと思うのです。
今更教室に戻っても、楽しい学校生活を送れるとは思えない。逆に言えば、今のままで良いと思う。自分のペースで勉強が出来るからです。
でも、やっぱりそれだけでは学力向上にはならないと自分でも分かっています。だからこそ、一生懸命勉強に励んでいます。
1ヶ月以上あった夏休みは、いろんなことを考えた日々でもありました。
これから先、何が起きるかなんて誰にも分からないけど、絶対に自分を見失ってはいけないということは分かっています。
精神的に疲れたら休む、体が健康な時は運動をしたり思いっきり頭を使って勉強をする、これを大事にしていきたいと思います。
明日は何か、良いことあったらいいな。
2010年08月29日
障害を患った友達。
僕は毎年、この番組を楽しみにしています。出演している人たちの熱意が伝わるような、他の番組には無い力を持っている気がするからです。
特に今年は、全国の「障害を患った人たち」が集まって大演奏をするという企画がありました。演奏をした曲は「jupiter」(ジュピター)、クラシック曲の「木星」を歌手の「平原綾香」さんが歌詞を付けた名曲です。
僕はこの曲が大好きでした。もともとクラシックの方が先に知っていたのですか、後から綾香さんの曲を知り聞いて、さらにこの曲が好きになりました。
しかも、今回演奏で指揮を取ったのは「久石譲さん」、ジブリの音楽を数多く手がけてきた名作曲家です。
そして、演奏をした「障害を患った人たち」はなんと200名以上!これは多分今までに無いような演奏になると見る前から察知していました。
夕方時、ようやく演奏がテレビで放映されました。僕はその光景に、感動のあまりテレビに釘付けになった。
演奏する一人一人の「頑張り」のような物が、僕には伝わった気がする。
演奏が終っても、僕の感じた感動はしばらく続きました。
これは僕が小学生の時の話になりますが、以前僕は「障害を患った人」と友達でした。その人の名前は「Kくん」、僕と同じ歳で学年も同じでした。
僕とKくんが初めて会ったのは確か5年生の時、障害特級から一般教室に移ったのがKくんでした。
当初、みんなはあまりKくんに話をかけなかった。常に補助員がついていて、何か「特別な存在」として見てしまったんでしょうか。
僕はその時、恥ずかしながらみんなと同じく話かけられなかった。これは今でも少し恥ずかしいと思っています。
ようやくKくんと気軽に話すようになったのは確か6月頃、ぽかぽかと暖かい時期だったということは覚えています。Kくんは授業にも積極的に手を上げるようになったり、他のクラスメイトと気軽に話しようになりました。僕もその頃になって、Kくんと話すようになりました。
進級して6年生になった僕とKくんは、残念ながら違うクラスになってしまいました。
でも、廊下ですれ違ったら必ず挨拶をしたり、学校の行事でたまに一緒になることもありました。なので関係が断ち切ることはありませんでした。
そして小学校を卒業、僕は中学生になりました。もちろんKくんも同じ中学です。
しかし、またしても同じクラスになることはありません。Kくんは障害特級に行ったらしく、僕は「もう会えないのかな」と心で思っていました。
そして中1の10月、しつこいようですが、僕は不登校になってしまって教室に行かなくなり中2の6月から特別教室に通い始めました。何度もこの場で僕の私事を説明することを、どうかご了承ください。
でも、これがKくんとの再会に繋がるとは、思ってもみませんでした。
それは中2の夏季、僕は特別教室の個室でいつものように一人で勉強をしていました。その時、個室のドアからトントンと鳴り、僕は出ました。
そこに居たのは、Kくんでした。でも、不自然に思ったのは補助員さんが居なかったこと。いつもは補助員さんがいて、Kくんをいつも手助けしてくれる人です。
僕は思わずKくんに「久しぶり」ではなく「どうしたの?」と言ってしまった。本来なら、再会を祝すような言葉をかけるはずなのに、僕はとっさに心配させるような言葉をかけてしまった。おそらく、補助員さんがいないのを心配した僕の頭の判断だったのかもしれない。
Kくんは僕の問いに対して「うん、ちょっとね」と言った。そのまま僕の使っていた個室に入り、テーブルの椅子に座った。
僕はとりあえず、自分が座っていた椅子に腰をかけて、Kくんと少しばかり雑談をした。その内容は、自分でも不思議だけど覚えていない。どうしてなんだろう?と今でも自分に疑問を抱く。
その約10分後くらいにKくんの補助員らしき人が来た。小学校の時の人ではなかった。かなり若い人だった。
その人はまず僕に挨拶し、Kくんに話しかけた。Kくんはどうやら障害特級から出てしまって、この特別教室に来てしまったらしい。
それにしても、出てしまったKくんにも確かに責任はあるが、補助員さんは何故付いていなかったのか分からない。補助員さんがトイレにでも行っていた隙にKくんが離れてしまった、ということぐらいしか想像できない。よっぽどのことで無い限り、補助員さんは離れてはいけないのだから、そうでなければ補助員さんの不注意にも繋がる。
Kくんはその後補助員さんと共に特別教室から出て行った。Kくんは別れ際、僕に「バイバイ」と声をかけてくれた。僕も当然「バイバイ」と言って見送った。
でも、まさかこれが最後の対面になるとは思わなかった。
Kくんはそれから数ヵ月後、転校してしまったのです。行き先は確か関西の学校、それしか僕は知らない。先生に聞いても詳しい情報を得られなかった。多分、障害特級と一般生徒とでは扱いが違うんだと、この時知った。
そんな分けで、僕はちゃんとしたお別れを言えずKくんと別れてしまった。
出来ることなら、今一度会って別れを申し上げたい。
今日のテレビの演奏は、そんな悲しい思い出をも思い出させる力があったものだと思います。
最後になりますが、みなさまは「障害を患った方」、つまり「障害者の方たち」をどう思いますか?心無い人は、「変」などと失礼な言葉をかけてしまいます。体に何の問題も無い人は知らないでしょうが、体に病を患うということは、とても苦しく、とても大変なことなのです。それを知らないから、心無い人はそういう失礼な言葉を言ってしまうのです。
僕は障害を患ってはいませんが、頭痛や胃痛など誰にでもあるような持病を抱えています。最近は症状はないものの、昔は大変でした。毎日のように病に侵されるというのは、とても生きる心地がしません。
こういう持病と障害は違うものですが、「体が不自由になる」という点では、喜ばしくないですが共通しています。
今頃、Kくんは何をしているのだろう。元気にしているのかな、学校生活はどうなのかな、気になることがどんどん出てくる。
いつか再会できることを、いつも心で願っています。
2010年08月28日
協会オリジナルボールペン!
日本家紋普及協会オリジナルのボールペンを作りました。
と、言いましても協会の紋章を印刷して切り抜き、その上に透明なテープを貼って作った自作シールをボールペンに貼っただけです;^^
でも、出来はかなり良いので自己満足。
本当は「会員全員に配りたい」という思いで作ったのですが、やっぱり要らないかな?手作り品ですしね。
今後もいろんなグッズを作ってみようかな。いつか本当に配れるような物が出来るかもしれないですし。
今日は以上!
2010年08月27日
夏休み末期に思ったこと。
でも、今年の夏休みは僕にとって思い出が沢山出来て、なおかつチャレンジな夏でもありました。
何にチャレンジしたのかというと、僕の念願だった「日本家紋普及協会」を設立したり、試しに大学の参考書を買って難問に挑戦したり、裃を買って武士の気持ちになりきりながら楽しい毎日を送ったり、今まではしなかったことを今年の夏は沢山やりました。
一番やってよかったと思うのは、やはり日本家紋普及協会を創設したことでした。まだ会と呼べるほどの力は無いけど、いつか立派な協会に育てて見せます!(いつでも会員募集中!)
来月からは学校が始まりますが、僕は決して嫌とは思わない。逆にちょっと楽しみにしています。
担任の先生や相談員さん、そしてカウンセラーの小野寺先生に会えるからです。ただ家にいるだけより、やはり外に出たり学校に行ったりする方がよっぽど楽しい。
2学期は僕にとって、かなり勉強に熱心になる時期になると思います。
高校入学のため、中1の不登校で遅れた分を一気に取り戻します!
特に数学と英語を重点に頑張ろう。社会と国語と理科は得意だから大丈夫。
まだ4日残っている夏休み、2学期の準備もしながら楽しく過ごそうと思います。
2010年08月26日
本は知識を得るための「最高の産物」だと思う。
僕は本が大好きです。本には、その書いた人が伝えたいことが書いてある。あるいは、様々な情報が載っている。それを得た人は、もっとスゴイ本を書きます。この繰り返しで、本というのはどんどん素晴らしい産物になっていくと思う。
今日、僕はお気に入りの古本屋さんでまた良い本に出会いました。
郷土史の本が2冊、江戸時代関連の本が1冊、そして会計の時に気前のいい店主さんから貰った高校生に関する本、全部で本当は1200円になるところを、またしても気前の良い店主さんは1000円にしてくれた。
郷土史の本は神奈川県に関する物。実は最近、僕は隣町の厚木市の歴史を調べています。それは江戸時代、厚木市には「荻野山中藩」という小さな藩があって、郷土史好きな僕は興味を持ち資料を集めていたところでした。本にはちゃんと荻野山中藩や、僕の住む町「海老名市」のことも書かれています。
次に江戸時代の本、これは「江戸を楽しむ」という題名が気に入ったのもありましたが、内容も大変気に入りました。江戸時代の生活や風習、さらには当時の流行物や裏話も沢山載っています。僕は最近「江戸美学研究会」という会に入りまして、以前から好きだった江戸時代が更に好きになりました。それから僕は本屋で「家紋」の本しか見なかったのに、江戸時代に関する本もチェックするようになりました。
そして店主さんから貰った「高校生になる君へ」という本、わざわざ僕のために取って置いてくれたらしいです。普通の本屋では決して無いことですね。内容は中学3年生に向けた「高校生とは何なのか?」という疑問に答えた、僕にとってはとても勉強になる本です。というのも、偶然的に僕は最近「高校」についていろいろ悩んでいたところでした。高校とはどんなところなのだろう、とか、どんな授業をするのだろうか、など在り来たりな疑問ばかりです。そんな疑問をこの本はズバズバと答えてくれました。本当に店主さんには感謝しています。
僕は今日、これらの本に出合えて本当に良かったと思う。本心を言うと、店主さんから貰った本が一番気に入りました^^
でも、最近僕は「本」に対して少し不安に思うことがあります。
それは「最近の若い世代は、本をあまり読まない」ということ。携帯やインターネットが普及して、欲しい情報が何でも手に入ってしまい、本を読む必要が無くなったというのです。
僕は決してそんなことは無いと思いますが、さらに最近では「電子書籍」というものが出回りつつあるそうです。僕は個人的な意見を述べさせていただくと、この電子書籍が嫌いです。
まず、あれは本ではないと思う。本とはやはり「紙」で作られたものを言うと思う。「どこまでが本なのか?」という問題は置いといて、昔の本はやはり「紙」で出来ていました。日本の印刷技術が向上した江戸時代、本はかなり普及しました。その先人たちの苦労を踏みにじるかのように、電子書籍なるものが出来てしまいました。ただデータを打ち込めば本なんて、僕は認めたくない。
ちょっと熱弁が過ぎましたね;^^
それにしても、最近の本屋さん(古本屋ではなく普通の本屋)を見てみると、あまり「良い本」と出会わない。家紋の本があったとしても、内容はなんとどれも同じ!「家紋は平安時代に出来た」「家紋は名字の絵化」「戦国武将の家紋」など、どれもこれも同じ内容でつまらない。何一つ「新説」がない。
確かに新説を見つけ、考えるのは難しいことです。だからといって、同じような内容の本を何冊も置かれても、買う人はいるのだろうか?
僕はまず買わない。やはり内容がしっかりとしたものを買いたい。
そういう現状を見比べると、古本屋はまさに「良い本の宝庫」です!
僕は今まで、古本屋さんで多くの名著と出会ってきました。それは家紋のみならず、様々なジャンルの本です。
やはり僕は、紙で出来た、列記とした本が良い。異国(アメリカなど)ではすでに電子書籍が流行っているそうですが、まさに日本は「異国のマネ」をしているんです。これは言い方を変えれば、日本は異国に侵略されているのも同然だと思う。
「異国で流行っているから」、そんな理由で流される国って、本当に国と呼べるのでしょうか?いくら国際社会とはいえ、これはやりすぎだと思う。
僕はいつか「本を出す」というのを目標にしている。書く本はもちろん家紋の本、内容もほぼ頭に出来ている。
小学生向けの家紋の本とかも出せば、小学生の間で家紋が流行る一因を作ることができるかもしれない。
そのために、僕は国語の勉強を熱心にしています。これが将来、自分の役に立つと思うと、俄然やる気が上がります。
近い将来、できれば10代で本が1冊出せればいいなと、一本好き中学生は思っています。
2010年08月25日
「いじめ」は多分、一生無くならないんだろうな。
最近、というより近年、嫌に「いじめ」に関する事件が多いと思う。
いじめという言葉自体、現代ではもはや当たり前のように使われている言葉だけど、僕はこの言葉と行為が大嫌いだ。好きな人は多分いないだろうけど、関心が無い人はいるかもしれない。
そういう人は「いじめ」という行為を経験したことがないからそういう事が言える。経験した人の気持ちなど、到底分かるはずはない。
僕は今年になってから、「いじめ」に対してある調査をした。調査というより、テレビや新聞などで得た情報を収集しただけなんだけど、何を調べたのかというと「小学生と中学生のいじめに関する事件の数」です。
でも、マスコミだけの情報では正確な答えは出ない。表には出ないだけで、いじめは日本各地で起こっているからです。だからよっぽど重要な事件以外、マスコミは取り上げないだけです。
集計の結果は中学生が多かった。特に中3による事件は多い、これは個人的に悲しい現実だった。僕も中3だからです。
被害を受けたのは下級生か、クラスで孤立していた生徒が多かった。これだけを見ても「弱いものいじめ」ということが分かります。
それに、いじめる側は決まって2~5人とグループとなっていることが多い。これも完全に卑怯なやり方です。
いじめる手段というのも、年々悪質化している。まず暴力、暴力と言ってもただ殴る蹴るだけでなく、最近では「言葉の暴力」というのもある。これは以前に話したこともあったけど、「死ね」とか「キモイ」などと言って精神的に追い詰める最低な手段です。
そして僕が最も嫌なのは性的暴力というもの、ただでさえ近年は性的暴力に関する事件が増え続けている。僕はこの事件を聞く度に怒りを覚える。まるで女性が下等動物のようにあしらわれ、あたかも男性が上にあるような、そんな残酷な風景しか思い立たない。
僕は常に、女性は立場が上であると思う。日本の歴史を見ても、女性は一部の特別な人を除いて下に見られている。「女だから」という理由一つで山(霊山)に登れなかったり、不遇ばかりで可哀想です。
それに、僕の家系の場合「強い女性」が多かった。強い、というのは体よりも「心」の方、僕の母方の祖母はそんな人だったという。
僕が赤ちゃんの時に、残念ながら祖母は他界してしまったけど、母はいつも祖母の話をしてくれる。優しかった祖母、厳しかった祖母、そして、人生とは何たるかを教えてくれた祖母など、母はそんな祖母の影響を沢山受けてきたんだろうな。
話を戻して、今日も新聞に「いじめ」に関する記事が載っていた。
主犯はやはり中3の男子、僕と同年代者の犯行です。
ここまで「いじめ」というものが続くと、いじめを知らない人たちは「普通」と認識してしまうんではないでしょうか。人間がある行為を「普通」と認識したとき、必ず少数の人たちはその「普通」と認識した行為を実行すると思います。
僕は別に人間学に詳しくないし、言ってしまえば単なる想像で考えた説だけど、この説は「間違ってはいない」と思う。
だからあまり「いじめ」という物を「普通」と認識するのではなく、「異常」と認識したほうがいいと思う。
僕はいじめを「最低な行為」と常に思っている。これはどんなに言われようと変わらない。いじめを受けた人は、その傷を一生背負い生きていかなくてはなりません。それを尻目に、いじめた側は飄々と生きて、まるで反省などしない。
いじめられた人たちは、いじめた人たちを憎んだり、あるいは自分自身を嫌になる。引きこもりや不登校、リストカットなどがその症状と言われています。僕も一時期、自分を嫌になったことがありました。
今では何とか克服しましたが、やはり「過去の嫌な思い出」というのは消えないものです。
だからこそ、いじめというのは消えないのです。事が治まろうと、被害者には一生傷が残ります。
今回、かなり重い話題を載せたことは少し意味があります。
それは、こういう重く、簡単に解決できない問題を今一度考えていただきたいからです。
僕はこの場で発言するけど、何回もいじめというものを目にしたり、体験もした。それ故、この場で生の現状を伝えることが出来ます。
今の若い世代は、「深く考える」ということを忘れかけているかもしれません。何事に対しても、「自分に利益が無い物、あるいは面白くない物」に対していい加減になってしまうのです。これが現代の悪いところです。
僕はこの、身近な問題となっている「いじめ」について、今後も考えていきたい。これは祖父の墓前でも誓ったことです。
一体、いつになったら「いじめ」が無く、楽しい学校が出来るのでしょうか。
一中学生は、いつもこの問いに悩んでいます。






